牧之瀬雅明・禅語と季節のブログ

季節の花々と人生を重ねて

日々是好日(ひびこれこうじつ)その2

大阪、船場は徳川時代の三百年間、天下の台所と言われただけに独特の文化を持っています。


代表例が船場の日常挨拶、「お変わりございませんか」。


元気で働くことが日常の基盤という考えで、まず病でないかを尋ねて、相手の身を案じます。
この挨拶に対する答礼が、
「お陰様で」


わずか一言づつの問答ですが、そこに込められた健康への考え方と敬虔な気遣いは船場の人々の優しさを感じます。


やはり、生活のなかで健康でいることは幸せなことなのです。


「日々是好日」とは茶掛けの一行書で、私の好きな言葉です。


決して、上天気が続くことを好んだ言葉ではありません。雨の日も雪の日も、幸多き日もそうでない日も、今日一日が自分に与えられた人生の全てだと悟り、全力を出し切る気持ち。


全ては心の在りようなのです。心のあり方ひとつで、一日が正反対となりうるのです。絶えず前向きに人生を処したいものですね。


明日があるからと、先送りせずに、今日一日を努力して生きること。その日一日を「好日」と考えて、関わるもの全てに感謝し、「お陰さまで」の境遇になればこそ、日々是好日の喜びを確信できるでしょう。


千年ほど前の中国、禅僧の雲門という人が大勢の弟子を前にこう問いました。


「今日までのことは尋ねない。今日これから先をどのように生きて行くのか一言を持って言え」と。
突然の問いかけに誰も返事できません。雲門はついに自身で答えられました。


「日々是好日」と。